トロピコリタン葉山町の海と山でトロピカルな町創り



Tropicolitan トロピコリタン 葉山町の海と山でのトロピカルな町創り









<大会を終えて>稲村ケ崎サーフィンクラシック実行委員会HPより
昨日は24年ぶりのInamura Surfing Classic Invitatioalを無事開催する事ができ、ありがとうございました。

素晴らしいサーフィンを見せてくれた、参加選手たちジャッジはじめ運営にご尽力いただいた、オフィシャルの皆様 全試合を通して沖とビーチでスタンバイいただいた、レスキューの皆様 ご協賛いただいたご協賛各社 ご取材いただいた多くのメディアの皆様 後援いただいた鎌倉市、日本プロサーフィン連盟(JPSA) 選手に声援をおくって大会を盛り上げゴミ一つ残さずにお帰りになった観客の皆様 ここ稲村ガ崎で大会を開催させていただきまた、早朝から最後までお手伝いいただいたローカルの皆様 皆様のご理解とご協力のおかげで、無事大会を終了することが出来ました。
この場をかりて感謝するとともに、御礼申し上げます。
イナムラクラシック実行委員会
*大会結果はNewsのページまで
LinkIcon大会結果News

そもそも本大会を開催しようとしたきっかけは、1970年代にシェイプの勉強のためにディック・ブルーワーを訪ねた、ハワイのワイメアでの出来事にさかのぼります。
 当時、ワイメアでは大きなスウェルが入ると「今日は波がいいから大会だ!」「うそっ、今日?」てな具合でやっていたToday's Contestという大会がありました。

大会といってもヒートなどなく、みんないっせいに海に入ってその日一番の波に乗った人が優勝という、なんともアバウトなんだけど、波は20feetオーバーのパフェクト。私はというと一面芝生というワイメアベイの先端で、ビールの乗ったテーブルに座ってジャッジの手伝いなどしていました。試合ではありましたが、みんな本当にいい顔をしていて、私はその雰囲気に一気に魅せられてしまいました。そして、日本に帰って初めて開催したのが「ナガヌマクラシック」です。
 その記念すべき第1回は、私たちの呼びかけで集まってくれたサーファーによる、こじんまりしたコンテストでしたが、最上級な波がたち、サーファーらしい溢れんばかりの笑顔で会場が一杯になったのを今でもはっきり覚えています。そんな中、初代チャンピオンの座についたのが善家誠君で、第2回目は糟谷修自君がその栄冠を勝ち取りました。
 そして24年前の1989年「稲村クラシック」と称号を変更しました。その第1回は、今年の招待選手にもなっている坂本清克君がパーフェクトなビッグウェイブを制し、栄えある優勝に輝きました。
 それから23年間、タイミングと波不足により開催を延期せざるをえない状況が続き、昨年は東日本大震災により大会中止を決定しましたが、今年は改めて伝説復活を目指して8月20日からウェイティング期間に入ります。
 JPSAとASPのランキングトッププロと坂本清克君はじめ歴代のチャンピオン、関野聡君など地元ローカル選手を含む計36名の招待選手によるビッグウェーブでのサーフィンは、開催されればきっと素晴らしいドラマを生んでくれるに違いありません。
今年こそ、ビッグウェイブによる伝説の大会が開催されることを願って・・・ご期待いただければと存じます。

実行委員長  長沼 一仁


伝説の大波待ち23年・・・

幻のサーフィン大会

23年間波を待つ「ロマンと冒険」

2009年8月21日の東京新聞に掲載されていた

伝説の大波待ち23年・・・
幻のサーフィン大会
 高さ4、5似;という伝説の大波を待ち続け、約23年もの間、開催が見送られている幻のサーフィン大会がある。「稲村サーフィンクラシック」。今年も、大会期間に入った。これから2ヵ月間、サーファーたちが神奈川県鎌倉市の稲村ケ崎の海を凝視する。
長沼一仁さん発起「稲村クラシック」
 1981年、日本のサーフィンの草分け的存在、長沼一仁さん(五九)の呼び掛けで大会は始まった。当時は「ナガヌマクラシック」たった。85年にも聞かれたが、現在の名前に変わってからは、1989年にたった一度開かれただけ。「伝説」「幻」の大会と呼ばれるようになった。
 通常の大会は限られた日程の都合上、小さい波でも開かれる。だが、長沼さんは「自分が選手のころは小波ではやりたくないと思っていた。武者震いするほどの状況で波乗りしたかった」と話す。大会が条件とする波は、高さ四、五メートル以上。さらに、端から順序よく崩れることや風向きも考慮し、本当にいい波でないと開催が見送られる。
 ふだんは海水浴客があふれる穏やかな稲村ケ崎に伝説の大波が来るのは、フィリピン沖や伊豆七島周辺の台風からうねりが届くとき。海底に岩と砂地が絶妙に配置された稲村ケ騎の海が、理想的な波をつくり出す。二ヵ月問の大会期間中、天気図と海況に細心の注意を払い、波が立ちそうなら大会二日前に選手に待機を連絡し、前日昼までに長沼さんらが開催を最終決定する。昨年は一度待機がかかったが、結局開催出来なかった。

公認プロや地元のアマチュアなど招待選手四十三人が出場する。前回大会の
優勝者で、茨城県でサーフィンショップを経営する坂本清克さん(四三)は今年も出場予定。二十年前を「沖に出るのが大変なほどの大波で、棄権すら考えた」と振り返り、「日本のサーフィンにとって特別な意味かおる大会」と話す。
 なぜ23年も開催できないのか。長沼さんは「温暖化のせいか、最近は台風の動きが昔と道う」と嘆く。さらに沖に沈められた消波ブロックや砂浜の減少のため潮の流れが変わり、稲村ケ騎周辺の大波が減ったという。普は「野球ができた」 (長沼さん)ほど広かった稲村ケ騎の砂浜は狭まり、現在は海岸線が道路のすぐ下に迫る。
長沼さんは鎌倉で生まれ育った。「日本にサーフィンなんて言葉がない子どものころから、洗濯板で波に乗っていた。波乗りには何物にも替え難い喜びかおる」。自然と向き合い、それを最大限楽しもうとする大会。「二十年も不発だけど、焦りなんてない。
自然が相手だから、しっかり準備したら、後は何もできないから」 大会″初日〃の二十日現在、伝説の波はまだ来ていない。
文・中沢穣 写真・市川和宏 紙面構成・勝山友紀

実行委員長  長沼 一仁
イナムラサーフィンクラシックHPより
LinkIcon稲村クラシック












2012年9月4日 読売新聞より
葉山でノコギリウニ発見 漁師「見たことない」

葉山町の海で見つかったノコギリウニを手にする三橋さん(同町一色で)
 殻を覆う太くて長いトゲが特徴のノコギリウニが葉山町の海で見つかり、同町一色の鹿島建設葉山水域環境実験場で飼育されている。相模湾以南の温かい海に生息しているウニの仲間で、新江ノ島水族館(藤沢市)によると、県内の海で実際に見つかるのはまれという。

 全体が赤褐色で殻の直径約10センチ、トゲの長さ約9センチ。近くの漁師三橋直吉さん(78)が先月21日、岩礁近くの水深13メートルに仕掛けたイセエビ漁の網にかかっているのを見つけ、同実験場の山木克則主任研究員(46)に連絡した。三橋さんは「60年以上漁師をしているが、こんなウニは見たことがない。仲間にも見せたが、分からなかった」と話している。
LinkIcon読売新聞 神奈川

葉山町から

伝統的な催し物が消えました

葉山海岸の灯籠流し去年まで毎年行われていた灯籠流しが、中止になってしまった。



葉山町に住む、世代を超えて一つの目的の為に集まり先祖を送り出す。日本の伝統の催し物だったのですが。





フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると

灯籠流し(とうろうながし)または精霊流し(しょうりょうながし)は、死者の魂を弔って灯籠(灯篭)やお盆の供え物を海や川に流す日本の行事。灯篭流しとも表記する。一般的には、お盆の行事送り火の一種である。しかしながら、「お盆」時期についての解釈が地方によって異なることや、特別の追悼行事として行う場合もあり、日本全国で一斉に行われるわけではない。また、灯籠流しを行わない地域も多い。雛祭りの原型とされる流し雛の行事との類似性が指摘される。

近年は海や川の汚染が問題になり、灯籠をそのまま海に流すことは昔と比べると少なくなっているが、葉山町では環境問題を考慮し全て水に溶ける素材を使用していたのです。