hayamamachi.com 新善光寺さん 葉山町に住んでいながらも”知らない魅力”

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新善光寺
046-878-8154

NEWS

2020/01/0102

HPを更新しました。

2020/01/01

新善光寺さんの由来を追加しました。

2020/01/01

地図を更新しました。

☆新善光寺さんは「除夜の鐘」で有名です。

年末年始に訪れた人が除夜の鐘を突くことが出来る事で有名です。
年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です。
優雅さは伽藍にも伺えます。門は室町時代に作られた四脚門です。
書院のような簡素な美しさに惹かれます。
本堂は四方流れの優美な建物です。部分的には禅宗(唐様)様式も見られますが、全般的には阿弥陀堂に相応しい和様の建物です。この二つが県の重要文化財に指定されています。
毎年除夜の鐘は鳴りやまず。参拝客は誰でも除夜の鐘を突くことが出来何時までも鳴っています。
 

新善光寺の創建

新善光寺の創建は詳細不明であるが、鎌倉の名越から移った寺であると伝えられる。源頼朝(1147-99)が長野の善光寺より請来した善光寺如来を不拾山新善光寺と名命して建仁年間(1201-04)に蜜道和尚に因って開基創建されたと伝えられる。智道和尚が住したが、その後衰退し、現在地籍伝は、文明年間(1469-1487)に始まり、天正18年(1590)に没した教蓮社顕誉和尚が葉山における第7世で中興する。識道上人の時に中興となり、天正19年には徳川家康より朱印田3石の寄進を受け、漸く堂宇を完成して近隣の人々の尊信を受ける程に復興した。その後幕末から明治維新にかけては廃仏棄釈により迫害され、大正12年(1923)関東大震災、また第二次世界大戦によって衰退した。昭和43年(1968)25世善瑞和尚が入寺して復興に努め、神奈川県庁葉山町役場などの協力を得て堂宇を整備し現在に至る。
      (仏教総合サイト・ブッダワールドのホームページからの引用)

新善光寺四脚門本堂および厨子

室町時代の建立で当初の姿をよく残しており県の重要文化財に指定されている
本堂はかながわの建築物百選になっている
〈神奈川県商工会連合会のホームページからの引用)

源頼朝ゆかりの善光寺如来を祀る

御用邸を背に、国道を逗子方面へ向かい葉山大道の交差点を右折、横須賀方面へ。トンネルを出ると左側に欝蒼(うっそう)と木立に囲まれた参道が見えてくる。新善光寺である。鎌倉幕府を開いた源頼朝は1197年、長野の善光寺の再建慶讃に参詣した折り、善光寺如来のご分身を請来、これを北条時政が鎌倉名越の山荘に祀っていた。1年半後、頼朝が落馬により急死した。この死の原因を善光寺如来と結びつける声があったことから、時政の後を受けた名越朝時が一堂を建立、新善光寺と称したと伝えられている。しかし鎌倉幕府の力も、足利の勢力に制圧され日々衰退をたどり、名越の新善光寺もまた同じように影をひそめていった。そして、15世紀中頃、この法灯を継ぐべく、時の住職蜜道和尚が、現在地に移転を計画、17世紀中頃の識道上人の時に堂宇の建立がなった。かれこれ百年後の江戸中頃、18世大鳳和尚で本堂等は一新され、ほぼ現在の様子を構成した。都心から車で1時間位、自然の静寂に心の安らぎを感じ、散策をしながらゆっくりとした時間を過ごすのも気持ちが良いものだ。
【交通】JR横須賀線逗子駅から衣笠行きのバスで20分。滝ノ坂停留所下車
(浄土宗新聞平成7年6月号より)
源頼朝ゆかりの善光寺如来を祀る
 鎌倉幕府を開いた源頼朝は1197年、長野の善光寺の再建慶讃に参詣した折り、善光寺如来のご分身を請来、これを北条時政が鎌倉名越の山荘に祀っていた。1年半後、頼朝が落馬により急死した。この死の原因を善光寺如来と結びつける声があったことから、時政の後を受けた名越朝時が一堂を建立、新善光寺と称したと伝えられている。
 本堂は禅宗様式で、内陣が室町時代、外脇陣が江戸時代に建立されている。この内陣は、厨子、四脚門と共に県の重要文化財に。前立三尊如来、境内の天然樹林は、町の重要文化財に指定されている。また寺宝として、桜井増雄氏の「富嶽櫻照図」(内陣大欄間画)、石田粧春氏の「富貴花」(書院大襖絵)、と多数の美術品があり、自然の中の美しさとともに建物をも飾っている。(浄土宗新聞平成7年6月号より)
新善光寺は頼朝が…
新善光寺は長野善光寺から阿弥陀様を招請し、鎌倉の名越に創建したものだそうです。後に室町時代に日顕上人により現在地に移築されたと言い伝えられています。鎌倉幕府を開いた源頼朝は1197年、長野の善光寺の再建慶讃に参詣した折り、善光寺如来のご分身を請来、これを北条時政が鎌倉名越の山荘に祀っていた。1年半後、頼朝が落馬により急死した。この死の原因を善光寺如来と結びつける声があったことから、時政の後を受けた名越朝時が一堂を建立、新善光寺と称したと伝えられている。
新善光寺は頼朝が長野善光寺から阿弥陀様を招請し、鎌倉の名越に創建したものだそうです。室町時代に日顕上人により現在地に移築されたと云います。葉山の御用邸から東、山に向かって約2キロ弱道を登ります。この辺りの山は照葉樹林でタブや椿が生茂っています。右手に谷川が流れ、周囲は小高い丘陵が続いています。車も少ない格好の散歩道です。御用邸から皇族の方々もお散歩で新善光寺まで往復されるそうです。
参道の階段に始まり境内はツツジや紫陽花が咲きます。紫陽花は明月院や東慶寺と同じ「姫紫陽花」です。青から紫まで変化する事からアジサイなのでしょう北鎌倉は酸性の堆積土壌で青色、葉山はアルカリ(火山灰?)土壌で赤から紫に変化するようです。
春の椿や白木蓮に始まり、今の季節は山百合や紫陽花が綺麗です。年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です。
春の椿や白木蓮に始まり、今の季節は山百合や紫陽花が綺麗です。年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です。
春の椿や白木蓮に始まり、今の季節は山百合や紫陽花が綺麗です。年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です。
最近建立された可愛いお坊さん
六地蔵
檀家の人達が四季折々に着替えさせています。夏のアロハは見事でした。
六地蔵とは六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)のそれぞれにあって、衆生の苦悩を救済する地蔵菩薩のことだそうです。
新善光寺は「藤袴」で有名です。春の椿や白木蓮に始まり、今の季節は山百合や紫陽花が綺麗です。年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です。

ACCESS

新善光寺
〒240-0115 神奈川県三浦郡葉山町上山口1368
TEL:046-878-8154

車でお越しの方へ

保土ヶ谷バイパス(横須賀方面へ)→横浜横須賀道路(逗子ICで降りて葉山方面へ)→逗葉新道(¥100 ETC不可)→三浦半島中央道路(逗葉新道出口の次の信号を湘南国際村方面に左折。)トンネルを出たらすぐに左折道なりに坂を上がり左側にある観音像のバス停滝の坂下の前
※駐車場はお寺の前に有る大きな観音像のある広場になります。

電車でお越しの方へ

JR横須賀線逗子駅から衣笠行きのバスで20分。滝ノ坂停留所下車