hayamamachi.com 新善光寺 葉山町に住んでいながらも”知らない魅力”


葉山町でトロピカルな街創りを目指して,葉山町専用情報ガイド!

葉山の新善光寺

新善光寺四脚門本堂および厨子

葉山での建築文化

室町時代の建立で、当初の姿をよく残しており、県の重要文化財に指定されている。本堂はかながわの建築物百選になっている。

源頼朝ゆかりの善光寺如来を祀る
 鎌倉幕府を開いた源頼朝は1197年、長野の善光寺の再建慶讃に参詣した折り、善光寺如来のご分身を請来、これを北条時政が鎌倉名越の山荘に祀っていた。1年半後、頼朝が落馬により急死した。この死の原因を善光寺如来と結びつける声があったことから、時政の後を受けた名越朝時が一堂を建立、新善光寺と称したと伝えられている。
 本堂は禅宗様式で、内陣が室町時代、外脇陣が江戸時代に建立されている。この内陣は、厨子、四脚門と共に県の重要文化財に。前立三尊如来、境内の天然樹林は、町の重要文化財に指定されている。また寺宝として、桜井増雄氏の「富嶽櫻照図」(内陣大欄間画)、石田粧春氏の「富貴花」(書院大襖絵)、と多数の美術品があり、自然の中の美しさとともに建物をも飾っている。
 天皇、皇后両陛下をはじめ秋篠宮殿下夫妻など、皇室の方々が御用邸に滞在中、子安の里からこの新善光寺にも散策の足を延ばされることもあるという。都心から車で1時間位、自然の静寂に心の安らぎを感じ、散策をしながらゆっくりとした時間を過ごすのも気持ちが良いものだ。(浄土宗新聞平成7年6月号より)

新善光寺は頼朝が長野善光寺から阿弥陀様を招請し、鎌倉の名越に創建したものだそうです。室町時代に日顕上人により現在地に移築されたと云います。葉山の御用邸から東、山に向かって約2キロ弱道を登ります。この辺りの山は照葉樹林でタブや椿が生茂っています。右手に谷川が流れ、周囲は小高い丘陵が続いています。車も少ない格好の散歩道です。御用邸から皇族の方々もお散歩で新善光寺まで往復されるそうです。
参道の階段に始まり境内はツツジや紫陽花が咲きます。紫陽花は明月院や東慶寺と同じ「姫紫陽花」です。青から紫まで変化する事からアジサイなのでしょう北鎌倉は酸性の堆積土壌で青色、葉山はアルカリ(火山灰?)土壌で赤から紫に変化するようです。

新善光寺は頼朝が…

新善光寺は長野善光寺から阿弥陀様を招請し、鎌倉の名越に創建したものだそうです。後に室町時代に日顕上人により現在地に移築されたと言い伝えられています。鎌倉幕府を開いた源頼朝は1197年、長野の善光寺の再建慶讃に参詣した折り、善光寺如来のご分身を請来、これを北条時政が鎌倉名越の山荘に祀っていた。1年半後、頼朝が落馬により急死した。この死の原因を善光寺如来と結びつける声があったことから、時政の後を受けた名越朝時が一堂を建立、新善光寺と称したと伝えられている。

新善光寺は「藤袴」で有名です。春の椿や白木蓮に始まり、今の季節は山百合や紫陽花が綺麗です。年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です。




鐘突き堂
毎年除夜の鐘は鳴りやまず。参拝客は誰でも除夜の鐘を突くことが出来何時までも鳴っています。




椿
新善光寺は「藤袴」で有名です。春の椿や白木蓮に始まり、今の季節は山百合や紫陽花が綺麗です。年中花が咲いている美しく、やさしいお寺です




六地蔵
檀家の人達が四季折々に着替えさせています。夏のアロハは見事でした。
六地蔵とは六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)のそれぞれにあって、衆生の苦悩を救済する地蔵菩薩のことだそうです。




フクロウ
最近増えた石像は不古老ですあやかりたいと思っています。本堂前の新しく出来た小僧さんの石像はなぜか御上人に似ています。